沖縄県北谷町にある「アラハビーチ」。
白い砂浜と青い海が広がり、観光客はもちろん、地元の方々にも親しまれている北谷町を代表するスポットのひとつです。
サワキジム沖縄北谷からも近く、私たちにとって身近な場所。今回は、アラハビーチの風景とともに、この地域に残る歴史をご紹介します。
海と公園が一体になったアラハビーチ
アラハビーチは、安良波公園に隣接する全長約600メートルのビーチです。
海沿いには遊歩道が整備され、ウォーキングやジョギング、犬の散歩を楽しむ方の姿も多く見られます。芝生の広場やバスケットコート、子ども向けの遊具もあり、海水浴だけでなく幅広い過ごし方ができる場所です。
夕方になると、空と海がゆっくりとオレンジ色に染まっていきます。日中とは違った穏やかな雰囲気も、アラハビーチの魅力です。
大きな船の遊具「インディアン・オーク号」
安良波公園を歩いていると、ひときわ目を引く大きな船の遊具があります。
この船は、単なる遊具ではありません。1840年8月14日、北谷沖のリーフで座礁した英国船「インディアン・オーク号」をモチーフにしています。
【写真:インディアン・オーク号の全景】
当時、北谷の人々は遭難した乗組員たちを救助し、帰国できるよう支援したと伝えられています。国や言葉の違いを越えて人を助けたこの出来事は、北谷町の大切な歴史のひとつです。
現在も、この出来事をきっかけとした北谷町と英国の交流が続いています。
いつもは子どもたちでにぎわう船の遊具ですが、その由来を知ると、また違った見え方がしてきます。
「ハンビー」と呼ばれる地域の歴史
アラハビーチ周辺は、現在も「ハンビー」という名前で親しまれています。
今では商業施設や飲食店、住宅などが立ち並ぶにぎやかな地域ですが、戦後は米海兵隊のヘリ基地「ハンビー飛行場」が置かれていました。
ハンビー飛行場が返還されたのは、1981年(昭和56年)です。その後、跡地の整備が進められ、安良波公園やアラハビーチ、商業施設などがつくられていきました。
現在の風景から、かつてここに飛行場があったことを想像するのは難しいかもしれません。
ハンビー地区は、基地返還後の計画的なまちづくりによって、人々が暮らし、買い物をし、海辺で過ごせる地域へと姿を変えてきました。北谷町の資料でも、返還跡地利用の成功例として紹介されています。
美しい風景の中に地域の歩みがある
青い海、白い砂浜、広い芝生、外国の方々が行き交う街並み。
現在のアラハビーチとハンビー地区には、明るく開放的な雰囲気があります。一方で、その背景には、昔から海とともに暮らしてきた人々の営みや、戦後の基地の歴史、返還後のまちづくりがあります。
歴史を知ってから歩いてみると、いつもの景色にも新しい発見があるかもしれません。
アラハビーチで気持ちよく体を動かそう
アラハビーチ周辺は、気軽に体を動かす場所としてもおすすめです。
海を眺めながらのウォーキングや軽いジョギングは、気分転換にもなります。公園のベンチや芝生でひと休みしながら、自分のペースで楽しめるのも魅力です。
サワキジム沖縄北谷から道具を持って行き、エクササイズも可能です。
ただし、沖縄は日差しが強いため、帽子や飲み物を準備し、暑い時間帯を避けることも大切です。無理をせず、その日の体調に合わせて体を動かしましょう。
サワキジム沖縄北谷は、これからもトレーニングや健康づくりだけでなく、北谷町の風景や地域の魅力もお伝えしていきます。
北谷町を訪れた際は、ぜひアラハビーチをゆっくり歩いてみてください。























